やがて俺達は公園に到着する。

時計を見ると八時半を指そうとしていた。

「さて、レン、教えてくれないかな?一体何があったんだ??」

「(こくん)」

静かに肯くとレンは俺にその光景を見せた。

俺が連絡を取った直後全員を自然に洗脳していく最後の遺産・・・七夜紫影を。

「迂闊だったのか・・・まさか最後の遺産がここにいたなんて」

迂闊、まさにこの言葉しか出てこない。

よりにもよって、猛獣の眼の前に餌を置いたままにするような愚行を犯すとは。

今回の皆に対する配慮が仇となるとは。

「志貴、なんとしてでも奴を見つけ出さないとならないだろうな。奴の能力は洗脳だ。紫影を倒せば洗脳も解けるだろう」

「そうでしょうね・・・」

そう言って頷いた時街中に鐘が響き渡る。

八時半となったのだ。

「志貴様」

「志貴さんそこにいたのですね」

それと同時にまるでいたかのように後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

思わず振り向きながらバックステップで距離を離すといままで俺のいた場所に包丁を突きつける翡翠と琥珀さんの姿があった。

「志貴様・・・どうして逃げられるのですか?」

「もう〜いけませんね〜志貴さん」

二人共いつもの調子で話しかける。

しかし、俺は見過ごさなかった。

二人の眼はアルクェイド達と同じく理性の失い狂気に満ちた色だと言う事を。

「二人共!!我に帰ってくれ!!」

思わず叫ぶ言葉に二人はキョトンとした顔を見合わせると直ぐにクスクス笑う。

「私達は正気ですよ志貴さん」

「はい、私達は眼が覚めただけです志貴様」

「眼が覚めた」

「私・・・志貴さんを独占したいんです。許容できても翡翠ちゃんだけ」

「私も志貴様を私だけのものにしたい・・・姉さんとだけなら共有でも良い。でも・・・そのためにはアルクェイドさんもシエルさんも皆・・・皆邪魔なだけなんです。秋葉様は邪魔を超えて鬱陶しいだけですし」

「ですから志貴さんをどうすれば私達だけのものに出来るのか悩んで悩んでわかっちゃいました」

「「その為には・・・志貴さん(志貴様)を殺して私達の一部とすること」」

二人は冷たい笑みを浮かべて包丁を構えて駆け込んでくる。

それを俺は咄嗟に構えた『古夜』で弾き飛ばすと、踵を返して再度逃走を図る。

「くすくす・・・翡翠ちゃん本当に愚かでよね志貴さん」

「はい・・・ふふっ・・・志貴様・・・ここから逃げられるとでも思っているのですか?」

不吉な予言を伴った嘲笑交じりの二人の声を背に聞きながら。







「はあはあ・・・これで大丈夫か??」

路地裏にまで到達した俺は静かに息を大きく吐く。

「志貴・・・やはりここに来てくれたのですね」

背筋にぞくりと寒気が走る。

「シ・シオン・・・」

「はい、待っていました志貴・・・全ては私の計算通り・・・真祖や代行者、秋葉達の手を逃れてここに来る事は判っていました」

最初からそこにいたかのように、冷たい笑みを満面に浮かべたシオンが立っていた。

しかし、その瞳は真紅・・・死徒の血に負けたと言うのか。

「シオン負けるな!!そんなものに屈するんじゃない!!」

「志貴、私はまだ屈していませんよ」

「な、なんだと・・・」

「ただ力を借りているだけです。志貴・・・貴方の全てを私が独占する為に・・・その為にも志貴・・・貴方をここで殺します!!」

その瞬間シオンはエーテライト引き抜くと俺の足に絡ませる。

「ぬるい!!」

とんでもない怪力で俺は至近にまでシオンとの距離を詰められていた。

更にシオンは追撃の手を緩めない。

「カット!!」

風圧で俺の身体が吹き飛ばされる。

「があ!!」

着地しようとした俺にシオンはエーテライトで何かを復元する。

「リーズ!!」

そこに立っていたのは短い銀髪を後ろに束ねた女性。

その女性が唐突にパイルバンカーを構え槍を放つ!!

「コード・・・サクラリッジ!!」

シオンの号令と共に放たれた槍を間一髪でかわす。

一目でわかった。

複製されたと言えあの槍は概念武装だと言う事は。

「はあ・・・はあ・・・」

「ふふふふ・・・志貴もう逃げられません。ですから大人しく・・・」

シオンの言葉を待つまでも無く俺は駆け出した。

操られている以上これ以上危害を加える訳にも行かなかったし、何時アルクェイド達に発見されるかわからない。

「やれやれ・・・志貴、貴方は本当に愚かですね。もう貴方は逃げられないのですよ・・・この『魔都』からは」

背中越しにシオンの呆れ気味の声が響いた。







「・・・シオンが追ってこないだと」

暫く俺は走るだけ走り、再度公園に到着していた。

別の場所に移動したのか翡翠も琥珀さんも姿は見えない。

そのまま俺は木陰に潜り込み呼吸を整える。

「俺の行く先を予測出来たのか・・・それとも・・・追う必要性を認めなかったのか」

「さあな・・・しかし、既にアルクェイド・シエル・秋葉・翡翠・琥珀・シオン、この六人は遺産の手によって操られている事は明白だな」

「ええ、ですけど腑に落ちないんです。何で皆あんなにあっさりと」

そう、そこが気にかかる。

秋葉や翡翠に琥珀さんはともかくそう言った洗脳に耐性の有る先輩やシオン、更には真祖であるアルクェイドがどうして容易く操られたのか?

「それは遺産本人に聞くより他あるまい。それよりもそろそろ移動しよう」

「はい」

その時、『シュライン』の鐘が時を告げた。

「夜の九時か・・・」

「はいそうです。兄様」

「!!!」

咄嗟に俺は振り返りざまに距離を取る。

そこにはやはりと言うべきか、沙貴が静かに佇んでいた。

「兄様、お帰りなさい。酷いですよ私には何一つ言わないで・・・」

「ああ、すまんな沙貴少しごたごたがあってな・・・と言いたい所だが・・・沙貴」

「はい何でしょうか??」

「包帯を何故取っているんだ?」

沙貴の手は既に破壊を誘う黒き極光が溢れている。

「当然です。他の方に兄様は渡さない。皆図々しいんです。私がずっとお慕いしていた志貴兄様をあたかもご自分のものの様に振るわれる。私・・・これでも今までは耐えてきた方なんですよ?でも・・・もう我慢できない。私が独占する。兄様の血も肉も・・・細胞も・・・遺伝子だって全て・・・全て私のもの・・・私だけのもの・・・誰にも・・・誰にも渡さない。全部私が独占する」

狂ったように・・・いや、狂人そのものの笑みを浮かべる沙貴は一瞬の内に俺の懐に入り込み腹部を丸ごと破壊しようと横薙ぎに振るう。

それを辛うじて交わすが沙貴は距離を開けさせようとしない。

むしろ更に密着しようとする。

「兄様、私の想いです。受け取ってください!!」

その抱擁を交わし、沙貴は一本の木に抱きつく。

すると、『破壊光』が全身を覆い木を根こそぎ破壊しつくす。

「兄様・・・大丈夫です。直ぐに終わります。ですから・・・」

「悪いな沙貴。俺もまだ死ねないんでな」

その言葉と共に俺は再度駆け出す。

「逃がさない・・・いえ兄様はもう逃げられない」

確信に満ちた声の沙貴に見送られながら・・・







「志貴・・・おかしいと思わんか?」

「はい?」

「行く先々で次々と待ち伏せに会う。まるで見られているように」

俺もそこは疑問に思っていたことだった。

しかし、俺にはそれ以上に疑問に感じる事があった。

「それもそうなんですがおかしいと思いませんか?」

「何がだ??」

「人がいないなんて・・・」

「そう言えば・・・気配が少ない・・・」

「と言うよりも気配がありませんよ。今この街には俺達しかいない様に・・・」

「そう言えば・・・」

「これってどう言う・・・」

そこまで言った時、鳳明さんが鋭く注意を促す。

「志貴!!来たぞ!!」

「誰です!!」

「シエルだ!!」

その言葉と同時に上空から

「主よ!!この不浄を清めたまえ!!」

黒鍵が豪雨の様に降り注ぐ。

それも死徒や死者を瞬く間に灰へと変える火葬式典を用いた・・・

「うわっ!!」

黒鍵はまさしく爆撃の如くアスファルトを吹き飛ばす。

「ちっ!!志貴身を隠せ!!このままだといい的だ!!」

その声に眼に入ったビルに飛び込む。

「はあはあはあ・・・鳳明さん『凶神』は後何分で・・・」

「もう間も無く一時間四十五分」

「まだ時間が掛かるか・・・!!!また来た」

それと同時に眼の前の壁が瞬く間に劣化して崩れ去り、背後からは盛大な轟音を立てて砕け散る。

誰が来たか確認するまでもない。

俺は脇目を振らず階段を登る。

「志貴・・・逃げられないわよ・・・」

「兄さん往生際が悪いですよ・・・」

陰鬱な声が下から響く。

「志貴屋上では逃げ場がなくなる。どうする気だ?」

「飛び移りますよ」

後ろからは焦る訳でもなく乾いた靴音がゆっくりと俺に迫ってくる。

屋上にまで到着すると

「行け」

シオンの声と共にかすれた姿の秋葉が俺に蹴りを放とうとする。

「!!」

咄嗟に『燕襲』の要領でその一撃をかわすが蹴りが当たった壁は無残に崩壊している。

そのまま脇目を振る事もなく俺は再度駆け出し隣のビルに飛び移る。

だが、着地と同時に後ろから声が響き渡る。

「モードチェンジ!!」

全身に悪寒が走った。

「志貴!!!」

言われるまでもない。

今度は迷いを見せる事無くビルを飛び降りる。

間一髪だった。

俺が飛び降りたと同時に俺のいた屋上は機銃掃射された。

迷いを見せていれば俺は間違いなく蜂の巣とされていた。

音もなく無事に路地裏に着地した時不意に眼鏡が外れる。

「あっ、いけな・・・」

眼鏡を取ろうとした俺の手は止まった。

「志貴・・・これは・・・」

「ええ、今までどうして気付かなかったのでしょうか?」

淨眼が解放された俺の視界にはこの路地裏、いや、大通り、下手をすればこの街全域を覆い尽くすような黒い瘴気が渦を巻いている。

街全域を覆っていた為、何よりもこの瘴気に慣らされていた俺達は察知できなかった。

しかし、この生々しさはなんだ?

こんなにも負の感情が現実(リアル)に迫る瘴気がこれほどの量とは・・・

そんな事は後回しだろう。

漸く判った。

「つまり皆はどこかにある遺産に操られているのではなく・・・」

「この街そのものが遺産と言う事か・・・」

その結論に達した時

「やっぱり凄いや。さすが父上やお爺様を葬っただけの事はあるね」

振り向くとそこには十歳ほどのあどけない笑顔が印象的な少年が現れる。

「七夜・・・紫影」

「うんそう。僕が七夜紫影。そしてようこそ七夜志貴、七夜鳳明、『凶夜六遺産』最後の一つ『人の心狂わせし魔都』へ」

にっこりと笑い仰々しく一礼をする。

「人の心狂わせるか・・・それでアルクェイド達の心を操っているわけか」

「ううん、僕は何もしていないよ。ただ、お姉ちゃん達に君の居場所を教えているだけ」

「な、何??」

「あっそうか、君も僕の能力を勘違いしているんだ」

「どう言う事だ?お前の能力は洗脳だろう?」

「違うよ」

俺の詰問にあっさりと答える紫影。

「違うだと??」

「そう、僕はお姉ちゃん達皆の心の底からの願望を引き出してあげただけ。それ以外の事は君の場所を教えること以外はしていないよ・・・ほら急がないとまた来るよ」

「くっ!!その前に!!」

「無理だよ。今君の前に立っているのは僕の幻影」

嘲るようにそう言う紫影が徐々に薄れていく。

「ちっ!!何処に隠れている!!」

「隠れていないよ。僕は君をずっと見下ろしているんだから

むしろ朗らかな笑顔で紫影の幻影は消えていった。

そして、それと入れ替わりに

「志貴様」

「志貴さん」

「「見つけた」」

獲物を見つけたハンターのような声で翡翠と琥珀さんが姿を現す。

いや、実際に手に持っているのは、拳銃と散弾銃。

「一つ聞くけど何処で手に入れたの??」

「ふふっ、」

「くすくす」

二人とも笑うだけで何も答えない。

「それは」

「秘密です」

その言葉と同時に二人は引き金を引く。

轟音と、俺が壁を蹴り駆け抜けるのは同時だった。

散弾が行き止まりの壁に不細工な彫刻を施された時俺は路地裏から大通りを駆け抜ける。

「志貴行くアテはあるのか?」

「ええ、紫影は消える時俺達を見下ろしていると言っていました」

「つまり、高い所と言う事か?」

「ええ、丘でもビルでも何でもいい。高所におそらく紫影は居る筈」

考えられる場所は屋敷・学校・そして『シュライン』

そんな時屋上の鐘が時を告げる。

「十時か・・・あと一時間!!」

「志貴もう来た!!今度はシオンだ!!」

その瞬間俺は再び路地裏に身体を滑り込ませる。

「ロック解除!!ガンバレルフルオープン!!」

それと同時にブラックバレルの波動が大通りを飲み込む。

「志貴・・・これではきりが無い。どうにかして紫影の居場所をピンポイントで見つけ出さないと・・・」

「ええ、ですが・・・一体何処を探せばいいのか・・・??あれ・・・」

その時俺の視界に纏わり付く瘴気にある疑問がわきあがった。

「どうした志貴??」

鳳明さんの言葉に耳を貸す事無く俺は再び駆け出す。

大通りに再び立つと、それを再確認する。

「・・・鳳明さん、紫影は『シュライン』です」

「??何故判る??」

「瘴気の濃度と流れですよ」

「・・・なるほどな・・・」

鳳明さんも気が付いた。

一方からは先が見えないほど濃密な瘴気が漂っているのに対して反対側はその濃度は低い。

すなわち濃密な瘴気の立ち込めるその方向こそ遺産の中心地・・・そしてその方向にある高所と言えば・・・

「シュラインか・・・」

「ええ、急ぎましょう」

俺はたちまち駆け出そうとする。

しかし、一歩踏み出した瞬間、

「やっと見つけた」

正面からアルクェイドが

「もう逃がしませんよ」

上空から先輩が静かに着地し、

「手間を取らせて・・・兄さんには特別なお仕置きが必要ですね」

「はい・・・志貴様どうぞお覚悟を」

「あはは〜志貴さん、何処に逃げても無駄な足掻きですよ〜」

秋葉が翡翠と琥珀さんを従えて現れ

「志貴・・・もう逃走は不可能です」

シオンが右手側から

「兄様・・・もう無駄な抵抗はお止め下さい」

左手からは沙貴がそれぞれ現れる。

「皆・・・」

まだ『凶神』の封印は解かれていない。

俺は『古夜』を構える。

こうなれば戦い血路を開くより他に方法はない。

「あら?志貴何時の間にか頭悪くなった??」

子馬鹿にするようにアルクェイドが嘲笑う。

「そうですね私達七人と戦い勝てるとでも??」

それに呼応してシオンも鼻で笑う。

「ですが宜しいのではないのですか??その方が七夜君らしいですし」

何か楽しみが増えたような笑みで先輩が言う。

「ええ、そうですわね。これは狩りなのですから獲物は抵抗した方が面白みが増すと言うものです」

秋葉はさらりと恐ろしい事を言う。

その横で翡翠と琥珀さんは銃を無言で身構える。

「兄様・・・『凶断』に『凶薙』はどうなさいましたか??あれがなければ私達に勝てませんよ・・・」

沙貴の平坦な声に全員が今気付いたように俺を凝視する。

「本当だ。志貴、『凶断』・『凶薙』はどうしたの??」

「それにナイフも七夜君のいつもの物ではありませんね」

「ふふふっ・・・本当に兄さんは愚かね。それで私達から逃げ切ろうと言うのだから」

そう言いながらじりじりと包囲網を狭めていく。

「完全に囲まれたな・・・」

「ええ、それでも・・・進まないと・・・」

俺と鳳明さんは静かに肯きあい、ある一角を見定める。

「さあ・・・志貴」

「覚悟を決めるときですよ七夜君」

「兄さん・・・ついに私と」

「志貴様・・・」

「志貴さん」

「志貴・・・もう直ぐ私のものに」

「兄様・・・直ぐに楽にいたします」

「「「「「「「だから・・・死んで」」」」」」」

その瞬間七人が同時に襲い掛かるがその瞬間『燕襲』でアルクェイドの足元から脱出。

更に地面の点を貫きここ一帯の道路を殺す。

その瞬間アスファルトはささくれ立つ様に陥没しその反動で全員がバランスを崩す隙を突いて一路『シュライン』へ向かい駆け抜ける。

「くっ!!」

だが先輩がバランスを崩しながらも黒鍵を投擲する。

危険を判断した俺は躊躇い無く『八点衝』で弾き飛ばす。

しかし、黒鍵はそれだけではなかった。

時間差を置いて更には先行した黒鍵に隠れる様に飛来した黒鍵が俺の咽喉元を狙う。

弾くには近すぎる。

片腕を犠牲にしてでも食い止めるべきか?

そう思った瞬間、不意に黒鍵に黒い点や線以外に白い靄のような点が現れる。

(なんだ??)

そう思った瞬間には俺は靄を指で貫く。

その瞬間、黒鍵は跡形も無く消え去った。

「えっ??」

なんだこれは??

どうしてあの点が見える。

スベテヲ・・・ショウ・・・メツ・・・サセル・・・アノ・・・テンガ・・・

「志貴!!ぼやっとするな!!来るぞ!!!!」

鳳明さんの怒号で我に返る。

次の瞬間には俺は全速力でその場を離脱した。

行く先々でビルを倒壊させて僅かでも足止めとする。

しかし、その後方からその瓦礫に風穴を開けて黒き弾丸が俺に迫りつつあった。

「沙貴か!!」

それを背中の布地を犠牲にしてかわし、路地裏の迂回路に入る。

無論迂回路自体を殺しまくり追跡路を絶つ。

と、そこへ再び街に鐘の音が響く。

「十時半・・・残り三十分・・・」

「ええ・・・」

こうして俺は遂に『シュライン』に到着、既に鍵のかかったドアを叩き殺し、ビル内部に突入。

階段を飛び跳ねる様に駆け上がる。

だが、中間地点まで到着した時はるか下から

コツン・・・コツン・・・

ゆったりとした階段を登る音が聞こえ、更に電源が切れているはずのエレベーターが上昇を開始した。

「!!来たか」

俺は更に速度を上げて階段を登る。

しかし、下からの音の間隔は一向に広がらずむしろ狭まっている。

更にエレベーターも差を徐々に縮めていく。

それでも俺がようやく『シュライン』屋上展望台に到着した。

そこは一種の異界と化していた。

幻陶の時とほぼ同じ量と濃度の瘴気が展望台を覆いつくし、そして中心部に位置する特注製の鐘楼塔の前に、それは立っていた。

「やあ、やっと来たんだ七夜志貴・七夜鳳明」

「ああ、俺も迂闊だったよ。まさかここに最後の遺産が潜んでいたなんてな」

だがそれに対する紫影の言葉は予想を超えたものだった。

「ううん・・・僕がここに来たのは三日前」

「何??」

「だって僕は父上やお爺様・・・他の五遺産の様に固定していない遺産だから」

「馬鹿な!!それこそ不可能だろう!!いくら『神』によって守護の力を受けているとはいえ」

「そう・・・だからこその称号なんだよ『人の心狂わせし魔都』は」

「なに??」

「僕は操るんじゃない。人の中に秘めた欲望を表に出すお手伝いをするだけ。その欲望によって噴き出した負の力を僕は貰うだけ・・・」

それがあの瘴気の異様な生々しさの理由か。

「で、ではアルクェイド達は」

「そう、皆『君を独占したい』と言う秘めた欲望に則って行動しているに過ぎないよ。・・・あっ来たよ」

その言葉と同時に展望台にアルクェイド達七人が姿を現す。

「志貴・・・もう逃がさないわよ」

全員を代表するようにアルクェイドが呟き一歩踏み出そうとした瞬間、

「さてと・・・ご苦労様でした。お姉ちゃん達のお仕事は終わったよ」

そう言うと紫影は指を鳴らす。

その瞬間、全員がくっと膝を突いた。

「皆!!」

「大丈夫、怪我は何も無いよ。ただ・・・」

そう言って無邪気な笑みを浮かべる紫影。

「・・・ああ・・・」

「アルクェイド??」

「違うよ・・・私・・・志貴を殺そうなんて・・・」

嫌な予感がした。

「私は七夜君と・・・一緒に・・・」

「兄さん・・・??御免なさい・・・私・・・私・・・」

「ああああ・・・私・・・私・・・」

「違う・・・私こんな事・・・」

「理解できない・・・どうして・・・志貴を・・・大切な人を・・・」

「兄様・・・やっぱり私・・・けがわらしい」

その言葉に全て理解した。

「覚えているのか??全部」

「そうだよ。だってお姉ちゃん達は僕が操ったんじゃない。自分の欲望に正直にさせてあげただけなんだから」

「違う!!」

紫影の声に沙貴が絞るように反論するが、それに返ってきたのは嘲笑に近い言葉だった。

「違わないよ。君達が持っていた『七夜志貴を独占したい』それが最も過激な形で顕在化しただけだよ」

「あああああ・・・」

沙貴が俯きすすり泣く。

「・・・紫影一つ聞くが」

「なんだい??」

「貴様が誘導したのも皆の欲望を忠実に表したものなのか??」

「あれ??ばれちゃった??」

「レンのおかげでな。それに似た様な奴も知っているからな。『タタリ』と呼ばれていた死徒はあらゆる現象に吸血を繋げたがお前のそれも同じだろ??全員の心の奥底の欲望を『殺す』と言う形で顕在化したに過ぎない・・・」

「ふふふふ・・・大変良く出来ました。でもさ僕が仕掛けたのはもう一つあるよ」

紫影は無邪気な・・・子供ゆえの無邪気な笑顔で残忍に言う。

「なに??」

その時アルクェイドとシオンから嗚咽と違う、うめき声が漏れ出した。

「??アルクェイド・・・シオン??」

「ああああ・・・し、志貴・・・」

「はあ・・・はあ・・・だ、だめ・・・近寄ったら・・・私・・・志貴の・・・」

「これは・・・紫影!!何をした!!」

「さっきも言ったでしょ?僕は潜在的な欲望を引き出すって。だから今度は何の誘導もしないで出したんだよ」

「二人の吸血衝動をか!!」

二人とも床を掻き毟り必死にその欲望と闘っている。

しかし、それを更に紫影は嘲笑う。

"無理だよ"

その笑顔はそう語っていた。

やがてアルクェイドは俺を見上げて

「し、・・・志貴・・・殺して・・・」

「なっ!!!」

「私も・・・殺してください・・・これでは私は・・・志貴の足手纏いにしか・・・なら・・・うううう・・・」

「お願い・・・志貴私志貴の血なんて吸いたくないよ・・・もう血なんか吸いたくない・・・だから・・・志貴・・・殺して・・・」

二人の言葉に呆然と佇む俺。

「七夜志貴、早くしないと二人は欲望に堕ちちゃうよ。それでも良いの??」

紫影の言葉は俺を誘っていた。

"君には彼女達を助ける力があるんでしょ??助けないの?"

「・・・」

俺はあえて覚悟を決めた。

俺はまずアルクェイドの前にひざまつく。

「先輩、沙貴、アルクェイドを押さえて・・・」

俺の声に直ぐに二人はアルクェイドを押さえつける。

「兄様・・・」

「・・・七夜君・・・」

「志貴・・・私ね・・・志貴に会えて・・・よかった」

「この馬鹿女・・・何臨終のような台詞吐いてるんだ・・・誰がお前を殺すといった・・・」

そう呟くと俺はただひたすら凝視する。

もし、俺に至高の領域とやらがあるのなら力をくれ・・・こいつを・・・アルクェイドを・・・シオンを救う事の出来る・・・ずっと孤独に自身の欲望と闘ってきた白いお姫様を助ける力を・・・

門が俺の前に現れる。

再び門が開く。

以前は・・・いや、鳳明さんすら・・・その開け放たれた門の前で立ちすくむ事しか出来なかった。

それだけ巨大な力と猛烈な威圧に満ちていたのだから・・・

だが俺は自分の為でなく彼女達の為その一歩を踏み出す。

(ヤメヨ・・・)

声が・・・響く・・・

(ココニフミコメバ・・・キミハ・・・ヒトデナクナル・・・)

人でない?ああ、そうだな・・・

人は異端を排除しようとする。

しかし、俺は排除所か助ける為にあえて踏み込もうとしている・・・この未知の領域に・・・

「ああ・・・そうだ・・俺は初めからイカレテイタ・・・」

その言葉と共に二歩・三歩・四歩と突き進む。

(ヒトタルコトヲステルカ・・・イマガコノトキトイウコトカ・・・ヨカロウ・・キミニワガチカラノスベテ・・・ソシテワガキオク・・・コノスベテヲ・・・ユズリワタソウ・・・コノチカラヲモッテススムガヨイ・・・キミガキミラシクススムタメニ・・・)

その瞬間俺の周りは光に満ち俺を飲み込んで行った。

『都市の章』四巻へ                                                                                       『都市の章』二巻へ